大判例

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熊本地方裁判所 昭和48年(ワ)458号 判決

原告

中原静子

右訴訟代理人

久保田久義

被告

右代表者法務大臣

稲葉修

右訴訟代理人

篠原一男

同指定代理人

三宅雄一

外五名

被告

肥本正義

被告

東京海上火災保険株式会社

右代表者

塙善多

右被告両名訴訟代理人

田中登

主文

一  被告国は原告に対し、金二三八万五、〇〇〇円および内金二〇八万五、〇〇〇円に対する昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告国に対するその余の請求および被告肥本正義、被告東京海上火災保険株式会社に対する請求は、いずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告国との間においては、同被告に生じた訴訟費用の五分の二を原告の負担とし、その余は各自の負担とするが、原告と被告肥本正義、被告東京海上火災保険株式会社との間においては、全部原告の負担とする。

四  この判決第一項は仮に執行することができる。

但し、被告国が金二三〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一、請求の趣旨

1  被告国および被告肥本は原告に対し、各自金一、四二三万円および内金一、三二三万円に対する昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告東京海上火災保険株式会社は原告に対し、被告肥本と連帯して金五〇〇万円およびこれに対する昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

4  仮執行宣言

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一、請求の原因

1  事故の発生

原告の長男中原邦雄は昭和四七年三月三一日午前一〇時頃単車を運転して福岡県八女郡立花町大字谷川一一一五番地先付近の国道三号線上を山鹿市方面から八女市方面へ向けて進行中のところ、同道路左側の路面に凹状部分があり、当時これに水が溜つて長さ1.75メートル、巾0.8メートルの水溜りとなつており、その端の部分の路面が八センチメートルほど急に高くなる段差がついていたが、水溜りのため高低差が認識しがたい状態になつていたので、右邦雄は右道路の凹部分に、次いで段差のある凸部分を通過した際、単車の運転の安定を失い、かつ単車のステツプが凸部分に触れて操縦し難くなつたため、折柄、同人の右側を同進行方向へ併進中の被告肥本運転のトラツク(以下、被告車という)の側面に接触して、前方左側路上へはね飛され、脳底骨折、両下肢打撲の重傷を負い、同日午後零時三七分死亡した。

2  責任原因

(一) 被告国は右道路の設置、管理者として道路の安全を管理すべきであるのに、右のような道路の瑕疵を放置したため、本件事故が発生したものであるから、被告国は国家賠償法第二条の規定に基づき、原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(二) 被告肥本は右被告車の所有者であり、かつ自己のため被告車を運行の用に供したものであるから、自賠法第三条の規定により、原告の蒙つた損害を賠償すべき義務がある。

(三) 被告会社は被告肥本運転の被告車につき自賠責保険金五〇〇万円の保険契約を締結しているので、本件事故によつて発生した損害につき右保険金額の限度において、被告肥本と連帯して、損害賠償の支払をなすべき義務がある。

3  損害

(一) 亡邦雄の損害

(1) 逸失利益 金九一三万円

亡邦雄は事故当時一七才で熊本県立御船高校二年生であり、一年後高校を卒業して直ちに就職し、以後六〇才まで就業して、その間新制高校卒男子平均賃金を得ることができたものであるところ、事故当時における全産業全男子高卒労働者平均給与は、一か月七三、〇〇〇円、賞与二四六、六〇〇円であつたから、これから生活費を五〇パーセントと見積つて控除し、その残額につきライプニツツ方式により事故当時の現価を計算すると、次のとおりとなる。

① 73,000円×12+246,600円

=1,122,600(年間収入)

② 1,122,600円×0.50=561,300円(年間純収入)

右金額より、死亡時から高校卒業までの一年間の養育費を一か月一万円の割合とみて、同じくライプニツツ方式により算出してみると、次のとおりである。

④ 10,000円×12×0.95238095

=114,285円

よつて、右③から④を差引くと、九一三万円(一万円未満切捨)となる。

(2) 慰藉料  金一〇〇万円

(3) 相続  原告は亡邦雄の母であつて、その唯一の相続人であり、亡邦雄の右(1)の逸失利益と(2)の慰藉料請求権を相続した。

(二) 原告固有の損害

(1) 葬儀費用  金一〇万円

(2) 固有の慰藉料金三〇〇万円

原告は数年前、夫に先立たれ、残された長男邦雄と二男秀樹を心の支えとして生きてきた。とくに、亡邦雄は真面目で、優しく、二児をかかえて懸命に生計をたててきた原告に理解と同情を示し、原告を慰さめるため、アルバイトで得た賃金はすべて原告に手渡すという孝子であり、高校においても模範的な生徒であつた。かような息子を失つた原告の精神的苦痛は甚大であり、これを慰藉するには三〇〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 金一〇〇万円

前記原告の本件損害賠償訴訟の提起に要した弁護士費用として、認容額の一五パーセント以内の金額を損害として請求する。

4  よつて、原告は被告国および被告肥本に対し、各自損害賠償金として、一、四二三万円およびそのうち弁護士費用を除いた内金一、三二三万円に対する訴状送達の翌日である昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、かつ被告会社に対し、被告肥本と連帯して自賠責保険金五〇〇万円およびこれに対する右昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二、請求原因に対する認否

1  被告国

(一) 請求原因1項のうち、邦雄が原告主張の日時に単車を運転して国道三号線上の原告主張の地点で交通事故にあい死亡したことは認めるが、その余の点は争う。

(二) 同2項(一)は争う。

(三) 同3項は知らない。

2  被告肥本、被告会社

(一) 請求原因1項のうち、邦雄運転の単車と被告肥本運転の被告車が併進中接触したとの点は否認するが、その余の点は認める。

(二) 同2項(二)のうち、被告肥本が被告車を保有し、自己のため運行の用に供していたことは認めるが、その余の点は争う。同2項(三)のうち、被告会社が被告車につき原告主張の保険契約を締結していることは認めるが、その余の点を争う。

(三) 同3項(一)(1)のうち、邦雄が事故当時原告主張の年令の高校生で、一八才で高校を卒業する予定であつたこと、稼働期間の生活費が収入の五〇パーセントであることは認めるが、その余の点は争う。同3項(一)(2)は争うが、同(3)の相続の点は認める。

(四) 同3項(二)(1)ないし(3)の各事実は知らない。

三、被告らの主張

1  被告国

本件事故は道路の設置管理の瑕疵に基づくものではなく、以下に述べるとおり亡中原邦雄の自動二輪車運転上の過失によるものである。

(一) 本件交通事故の発生状況について

邦雄は、昭和四七年三月三一日午前一〇時頃熊本県山鹿市方面から福岡県八女市方面に向け自動二輪車(総排気量一二五cc)を運転走行したが、立花町道高山線(以下「町道」という。)との交差部分より少なくとも数十メートル手前から時速六〇キロメートル以上の速度で無暴にも車道部分を走行することなく、外側線より左側の路肩の部分を走行し、町道との交差部分手前の車道中央線の左側外側線よりさらに0.28メートル左側にあるアスフアルトコンクリート舗装と非舗装路肩との境に存在した水溜りを通過した際、段差で運転の安定を失い、右ステツプを引きずりながら、前方約九メートルにある高さ0.20メートルの歩道の縁のブロツクに前輪を激突させ、そのはずみでさらに右前方に暴走して、折から車道を同方面に向け時速約四〇キロメートルで走行中の被告肥本運転の普通貨物自動車の左後輪と接触して路上に転倒し、脳底骨折により死亡したものである。

(二) 道路の設置、管理の瑕疵について

(1) ところで、邦雄が前記のとおり走行したのは路肩部分であるところ、本件事故現場付近の外側線から左の路肩部分は直ちに非舗装となつていたのではなく、外側線の右端から幅約0.35メートルの車両通行部分と同じ舗装がなされている部分があり、道路構造上の保全は十分であつた。

(2) また、路肩とは、道路構造令(昭和四五年政令第三二〇号)二条一〇項において、「道路の主要構造部分を保護し、又は車道の効用を保つために、車道、歩道、自転車道又は自転車歩行者道に接続して設けられる帯状の道路の部分をいう。」と定義しているが、路肩を設ける目的は第一には道路の主要構造部分を保護するため、すなわち道路本体の形を保持するためのものであり、第二としては車道の効用を保つために設けるものである。車道の効用を保つという意味は、自動車の走行速度を確保するための余裕幅をとることによつて車道の効用を保つ趣旨であり、道路にこの余裕幅がないと車道の端を通行する自動車は道路をはみだす危険があるので速度を出せず、速度を出すために車道の中央に寄つてしまい、結局車道の端の部分は役にたたず道路の交通容量が低下し、道路の効用を著しく阻害してしまうことになるからである。

このように路肩については、車道の外側の縁線を示す車道外側線を含めて本来自動車の通行が予定されておらず(道路交通法一七条)、また、歩道の設けられていない場合は、歩行者専用通路も兼ねている。

したがつて、道交法上も歩道を横断するとか、やむを得ず停車する場合を除き車両の路側帯(道路構造令にいう路肩)通行を禁止(道交法一七条)して、同部分を通行する歩行者の安全等を計つているものであり、違反者に対しては罰則(道交法一一九条)を設けて取締つているのである。また、本件国道において路肩部分を通行する車両については、警察官による具体的個別的な警告、指導も行われていた。したがつて、邦雄は、本来走行すべきでない路肩の左側非舗装部分を数十メートル走行して本件事故を起こしたもので、路肩の舗装部分と非舗装部分に多少の段差が存在していたとしても、本件道路が、道路法二九条の要求する安全性を欠いていることにはならない。

(3) 次に、本件国道の車道中央には、車道中央線を設け、車道の中央であることを明らかにすると共に、町道から山鹿市側は、路肩上端から外側線右端まで約1.55メートル中央寄りの位置に車道外側線(幅0.15メートルの白色実線)を設けて車道の外側であることを示し、この白線から左側は路肩であることが識別できるようにしており、車両は専ら車道中央線から車道外側線右端までの幅員3.20メートルの間を走行するよう標示してあつたのである。

また、旧道路構造令(昭和三八年政令二四四号)の適用を受ける本件国道については、国には路肩部分の舗装義務はなかつた(旧道路構造令二四条、現行道路構造令(昭和四五年政令三二〇号)二三条一項)。

したがつて、被告国の本件道路の設置及び管理に瑕疵は存しない。

(三) 亡邦雄の過失について

本件事故は、道路の設置・管理の瑕疵に起因するものではなく、以下に述べるとおり、専ら亡邦雄自身の自動二輪車運転上の重大な過失によるものである。すなわち、

(1) 道交法は、自動二輪車は、道路の左端に寄つて通行しなければならない旨規定している(同法一八条)が、左側とは車道部分の左側であつて、外側線右端から路肩部分は含まないのであり、路肩部分の通行は道交法一七条によりやむを得ない場合を除き禁止されているのである。

もし、同人が車道左側外側線にそつて走行していたならば、本件事故は生じなかつたところ、同人は本件水溜りの数十メートル手前から走行していたものである。

また、もし仮にやむを得ない事情があつて路肩部分を走行したとしても、道路の状況に応じて確実に運転操作をしていたならば本件事故は防げたはずである。

(2) 邦雄は、本件事故車を友人から昭和四七年三月二九日頃買受けて試運転に出かける途中、本件事故を起こしたのであり、馴れない自動二輪車(免許取得は昭和四六年六月一八日である。)で長時間運転を続け、しかもハンドルは真一文字型できわめて危険度の高いものであるから、肉体的、精神的に相当疲労していたことが窺われるので、なおさら安全な方法と速度で運行する注意義務(道交法七〇条)があるのにこれを怠り、前方の道路状況を十分確認せず時速六〇キロメートル以上のスピードで漫然と車道外の路肩部分を走行した過失が認められる。ちなみに、邦雄が通学していた熊本県立御船高等学校では、通学のためバイクを使用する場合は、その危険性からして総排気量五〇ccまでのいわゆる第一種原動機付自転車に限られていた。

(3) 本件事故現場付近の一般国道三号線は昭和三四年から昭和三七年にかけて国が改良舗装を行つた道路であり、道路の状況は、町道から山鹿市方面へ約一〇〇メートルが直線となり、これに半径三〇〇メートル曲線の長さ一三〇メートルが右曲りで接続し、八女市方面へは約九〇〇メートルが直線であつて、視界はきわめて良好であつたのであるから、邦雄が前方を注視していたとすれば本件水溜り及び段差の状態は容易に発見できる状況であつた。したがつて、邦雄は、水溜り及び段差の部分を避けて進行し得たのであり、これをしなかつたとすれば、前記(2)で述べたとおり安全運転義務(道交法七〇条)違反であり、自傷行為ともいうべき重大な過失を犯したことになる。また、邦雄がこれに気付かなかつたとすれば前方注視を著しく怠つていたものである。のみならず、邦雄は免許条件として眼鏡使用を義務づけられていたが、これを使用していなかつたものである。

(四) 過失相殺について

仮に、被告国に損害賠償責任が認められるとしても、邦雄には前記のとおり重大な過失があるから、損害額の算定につき考慮されるべきである。

2  被告肥本、被告会社

免責の抗弁

(1) 本件事故は、専ら被害者である亡邦雄の運転上の過失と道路管理者である相被告国の道路管理上の瑕疵が競合して発生したもので、被告車の保有者であり運転者である被告肥本に過失がなく、かつ被告車には事故発生に結びつくような構造上の欠陥ないし機能の障害はなかつた。したがつて、被告肥本の自賠法上の賠償義務は発生せず、またこれを前提とする被告会社の保険金支払義務も発生しない。

(2) 本件事故現場付近の国道の車道面は舗装されていたが、交差点の東端に接する付近の南側端の未舗装部分に、ほぼ原告主張のような窪地があり、路面との間に約八センチの高低差が生じていた。

(3) 被告肥本は、被告車を運転し時速四〇キロで国道を西進中事故現場に差しかかつた。当時、天候は晴で路面は乾燥しており交通量は多く、被告車は先行車に続いてセンターライン寄りを連続進行していた。

(4) 被告車が前記交差点を通過した直後、被告肥本は、突然自車の左後部車輪付近に衝激音を感じたので、ハンドルを左に切り車道左端に自車を寄せて停車させ、下車してみたところ、自車の後方に邦雄とその原付自転車が転倒しているのを発見した。

(5) 一方、邦雄は原告車を運転し時速四五キロで国道を西進中事故現場に差しかかつた。原告車は車道左端を進行し、被告車の左後方から被告車に追いついて行つたが、邦雄が前記交差点南端付近の窪地に水が溜り、いわゆる水溜りになつていた部分を危険とは思わずそのまま通過しようとしたため、路面の凹凸による急激なショツクのためハンドル操作の自由が失われ、先ず左前方に逸走して交差点北端の歩道縁石に衝突し、次いで、その反動で右前方に逸走して、折柄右前方を先行中の被告車左後輪付近に自分の方から衝突し、左側方に横転してしまつたものである。

(6) 以上によれば、本件事故は原告車の運転者である亡邦雄が減速徐行または回避することなく、不用意に前記窪地部分を時速四五キロの速度で通過しようとした過失と車両の通行が頻繁な国道の路面に危険な窪地が生じているのを未修理のまま放置した国の管理上の瑕疵によつて発生したことが明らかである。

被告肥本は左後方から接近して来た原告車に前記衝突に至るまで気付かなかつたものであるが、仮に気付いていたとしても、原告車が窪地に進入する以前の状態においては同車がハンドルをとられて前記のような異常な走行をすることを予見できない状況にあつた(右窪地には水が溜つて走行中の車両からは一見深さが判らない状態であり、このため邦雄も単なる浅い水溜りと判断して危険とは思わず、同部分に進入したものであろう。)。のみならず、原告車が窪地に進入しハンドルを取られた以後の状態においては、原、被告車の各速度と両者の距離並に位置関係からして、最善を尽してもなお衝突を回避する余地はなかつたものであり、この意味において同被告には何ら過失がなかつたものである。

四、被告らの主張に対する原告の認否ないし反論

1  被告国の主張について

(一) 本件事故現場の道路は、事故当時熊本市から福岡市方面へ向う大部分の車輛が通行していた国道であるのに、片側車線の幅員が3.20メートルしかなく、そのため単車が外側線寄りに進行していても、大型自動車が右横を通過するときは単車運転者は危険を感じて外側線の外側に出ざるを得ない情況にあつたものであるところ、邦雄も右と同様の事情から水溜りの数メートル手前から外側線の外側に出て、水溜り箇所を通り、さらに舗装部分に上る際、段差でステツプが舗装部分に触れハンドル操作が困難になつたものである。

したがつて、原告車が外側線の外側である非舗装部分を進行したからといつて、これは大型車の進行から生命の危険を回避するための単車運転者としての緊急やむを得ざる行為であつたというべきである。被告国は右のような道路状況に鑑みて、道路を通行する車輛の安全を確保する見地から、外側線の外側の道路部分についても一瞬発見しにくい段差等道路上の危険な箇所を補修し整備しておくべきであつた。そして、被告国は道路管理者として、本件事故現場付近の道路の危険な情況を容易に知りえたものであり、しかも、本件事故を予防するための道路の瑕疵の補修は容易かつ少額の経費をもつてなしえたのであるから、道路の維持、管理を怠つた被告国の責任は免れえない。

(二) 邦雄に被告国主張のような単車運転上の過失があつたとの点を否認する。過失相殺の主張は争う。

2  被告肥本、被告会社の主張について

被告肥本に自賠法三条但書の免責事由があるとの同被告らの抗弁は否認する。被告肥本には左側を注意せずに運転した過失がある。

第三  証拠関係〈略〉

理由

第一原告の被告国に対する請求について

一事故の発生

1  原告の長男中原邦雄が昭和四七年三月三一日午前一〇時頃福岡県八女郡立花町大字谷川一一一五番地先の国道三号線上において、単車を運転して交通事故にあい、死亡したことは当事者間に争いがない。

2  しかして、〈証拠〉によれば、邦雄が当時運転していた単車は排気量一二五ccの自動二輪車で、同人はこれを運転して熊本県山鹿市から福岡県八女市方面に向い、上り車線を走行していたが、国道三号線と立花町道高山線との丁字型交差部分の少くとも数メートル以上手前から時速六〇キロメートル位の相当速いスピードで国道三号線の外側線より左側の非舗装路肩部分に乗入れて疾走したところ、当時右交差部分の東端に接する付近に長さ1.75メートル、巾0.8メートルの水溜りがあり、その西端の舗装部分の路面が八センチ急に高くなる段差となつていたので、単車が水溜りを通過した際、右段差で急激なシヨツクをうけ、かつ単車のステツプを右段差に打ち当てたため、ハンドル操作の自由を失つて逸走し、前方8.80メートルにあつた歩道の縁石に前輪を激突したうえ、折柄右前方約3.30メートル付近の前記国道上り車線を時速約四〇キロメートルで走行中の被告肥本運転の普通貨物自動車の左後輪に単車の前輪を衝突させて路上に転倒し、その結果脳底骨折、両下肢打撲の重傷を負い、同日午後零時三七分死亡したことが認められ、〈証拠判断略〉。

3  右認定事実によれば、邦雄にも後記のとおり過失があるとはいえ、右国道三号線上の路肩部分に存した高低差八センチメートルの段差が本件事故発生の一因となつたことが明らかである。

二道路管理の瑕疵

そこで、右路肩部分の段差が道路の設置、管理の瑕疵に当るかどうかについて検討する。

1 本件道路が路肩部分を含めて国道であることは、当事者間に争いがなく、その維持、修繕、その他の管理は建設大臣がこれを行うものであることも明らかである(道路法一三条)。また、路肩とは、被告国主張のとおり、道路の主要構造部を保護し、または車道の効用を保つために、車道等に接続して設けられる帯状の道路の部分を指すものであるから(道路構造令二条一〇項)、道路法にいう道路に該当することはいうまでもない。

2 ところで、被告国は、路肩には本来自動車の運行が予定されておらず、やむを得ず横断するとき、あるいは駐停車する場合のほか通行が禁じられている(道交法一七条、一一九条)から、路肩の舗装部分と非舗装部分に多少の段差があつても、道路法二九条の要求する安全性を欠いていることにはならないと主張する。

なるほど、路肩部分について被告国主張のような道交法の規定が存することは明らかであるけれども、路肩も道路の一部である以上、道路法二九条が規定するように、「道路の構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況及び当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対して安全なものであるとともに、安全かつ円滑な交通を確保するものでなければならない。」というべきである。

したがつて、本件路肩部分に瑕疵があるかどうかは、右規定の趣旨に照らして、路肩部分を含む本件事故現場付近の道路全般の状況を具体的に検討したうえで、右路肩部分について予定または予期された安全性が欠けていないかどうかを判断しなければならないというべきである。

のみならず、路肩が有する車道の効用を保つという意味は、被告国が指摘するように、自動車の走行速度を確保するための余裕幅をとることによつて車道の効用を保つ趣旨であり、道路にこの余裕幅がないと車道の端を通行する自動車は道路をはみだす危険があるので速度を出せず、速度を出すために車道の中央に寄つてしまい、結局車道の端の部分は役にたたず道路の交通容量が低下し、道路の効用を著るしく阻害してしまうからである。そうであるならば、路肩に右の目的、効用を阻害するような損傷があるときは、自動車とくに平衡を失いやすい自動二輪車などが万一車道を外れた場合直ちに事故等の危険にさらされることになり、そのため自動二輪車は安心して道路左側または左側端を走ることができないこととなる。したがつて、路肩が交通の頻繁な道幅の比較的狭い車道に接続する場合には、自動車がはみ出して走行したときにおいても安全が確保されるよう設置および管理がなされるべきが当然である。

3  右の観点から、本件路肩部分に存した前記段差が道路管理の瑕疵に当るかどうかについて調べてみる。

〈証拠〉を綜合すれば、次のような事実が認められる。

(一)  本件国道三号線は事故当時熊本と福岡を結ぶ唯一の幹線道路であつたため、自動車の交通量が多く、大型トラツク、ダンプカー、バス等車幅の広い車輛の通行が頻繁で、しかも、本件事故現場の八女市方向への上り車線は視界良好な直線道路であり、当時は法定速度六〇キロメートル区間であつたため、相当なスピードで大型車が疾走する状況にあつた。

しかるに、事故現場付近の自動車の有効幅員は上、下とも約3.20メートルで比較的狭かつたため、単車がダンプ等の大型車と併進することは、可能ではあるけれども、相当に生命の危険を伴うこと、そのため、大型車が傍を疾走すると単車が危険を避けて比較的幅員の広い約1.20メートルの路肩部分を走行することが十分予想される状況であつた。

(二)  ところで、前記水溜りと段差は、事故前日の降雨とダンプカーが前記町道との交差部分を左折する際のいわゆる「わだちぼれ」とによつて形成されたと推測されるところ、事故当日の午前九時四二、三分頃被告国の建設省福岡国道工事事務所機械主任安芸淡路は巡回中前記水溜り箇所を発見しているのに拘わらず、補修の必要はないと速断して、これを放置した。

(三)  そして、本件事故発生後、同種事故の再発をおそれた八女警察署の警告によつて、即日前記水溜りおよび段差部分に簡易舗装が施されて、損傷が補修された。

大要以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定の事実関係に徴すると、本件国道三号線の事故現場付近の車道の道路状況からすれば、単車が路肩部分を走行することは、道交法の禁止規定にかかわらず(なお、本田証人によれば、運転者が路肩を走行しても、一時的に危険を避けるときには、やむを得ないこととして、反則金徴収の対象としていないという。)、客観的に十分予期されるところであり、かつ、前記段差は、路肩部分の進行方向にあつて単車が強い衝撃をうけるほどの高低差のあつたものであるから、放置されてよいほど軽微な損傷ではないと認められる(しかも、その点検、補修が容易であつた。)。してみれば、前記路肩部分の段差は道路の安全性を欠くものとして、被告国の道路管理の瑕疵に当ると認めるのが相当である。

してみれば、本件事故は、後記のとおり、邦雄にも運転上の重大な過失があつたとはいえ、被告国に前記道路管理の瑕疵があつて発生したものであるから、被告国はその損害を賠償すべき義務があるといわねばならない。

三邦雄の運転上の過失について

邦雄は事故当時一七才で、熊本県立御船高校二年生、本件単車を購入しこれを運行の用に供したのは、事故の僅か二日前に当る昭和四七年三月二九日以降であつたことが〈証拠〉によつて認められ(〈証拠判断略〉)、しかも、同人が右単車購入まで運転していたのは法定制限速度三〇キロメートルの五〇cc原動機付自転車であり、同人はこれを通学用に使用していたことが〈証拠〉によつて認められるから、排気量の遙かに大きい本件単車の運転に習熟していたとは認め難い。したがつて、邦雄は本件単車の運転に際してはとくに安全な運転を心掛けるべきであつた。しかるに、邦雄が前記非舗装の路肩部分を走行した際は、さきに認定したとおり時速六〇キロメートル位の相当速いスピードを出していたことが認められる。

ところで、邦雄が何故右路肩部分を走行するに至つたかについて、前記川越証人は、事故後警察官から聞いた説明によると、邦雄はダンプカーの接近に恐怖を感じて左方によけたところ、路肩の舗装部分と非舗装部分の段差にハンドルをとられて非舗装部分に入つたということである旨の証言をしているが、右証言は前顕甲第一号証の三および前記本田証人の証言に照らして措信し難い。そして、〈証拠〉によれば、事故当時の国道三号線の上ち車線の交通状況は、自動車の通行量がかなり多く、渋滞気味で時速四〇キロメートル位の速度でしか走行し難い状況にあつたことが認められる。果してそうだとすれば、邦雄が同程度のスピードで車道を進行していたならば、たとえ非舗装の路肩部分に進入する事情が生じたとしても容易に減速あるいは徐行、停止の緊急措置をとりえたであろうし、また、前記水溜りを発見してこれを避け、かつ、前記段差に打ち当るという事故の発生を回避することができたであろうと考えられる。しかるに、邦雄が安定度の低い単車を運転して、通常であればたやすく認識しうべき水溜りの中を相当手前から前記六〇キロメートル位の速度で疾速したことは、右疾走につき首肯しうる格別の事情の認められない本件においては、邦雄にも、道路状況に応じて適切な速度と方法で運転すべき注意義務を怠つた重大な過失があつたというほかない。なお、被告国は邦雄が眼鏡使用の条件付免許者でありながら、事故当時使用していなかつたと主張するが、前記本田証人の証言によれば、眼鏡が現場で発見されなかつたというのみであるにすぎず、かえつて、原告本人の供述によれば、邦雄がこれを使用していたと推認されるから、右主張は採用できない。

四損害について

1  邦雄の損害

(一) 逸失利益  金九一三万円

亡邦雄が事故当時一七才で、熊本県立御船高校二年生であり、翌年三月同校を卒業して就職する予定であつたことは〈証拠〉によつて認められ、同人が本件事故により死亡しなければ、右高校を卒業し、一八才に達した昭和四八年四月から少なくとも原告主張の六〇才まで四二年間就労可能であり、その間少なくとも一般労働に従事して、新制高校卒男子の平均賃金を得ることができたであろうことが統計上予想される。そして、労働省労働統計調査部編基本統計調査によれば、右新制高校卒男子の平均賃金が年額一一二万二六〇〇円であるから、邦雄も就労期間中少なくともそれと同程度の収入を得ることができたと考えられ、それから就労期間中の生活費を五〇パーセントとみて、これを差引いた残額を基礎として事故当時の現価をライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除すると、原告主張のとおり九二四万五〇七四円となり、さらに、右金額より死亡時から高校卒業までの一年間の養育費を一か月一万円の割合とみて、同じくライプニツツ式計算法により算出した現価一一万四二八五円を差引くと、逸失利益は原告主張のとおり九一三万円(一万円未満切捨)となる。

しかしながら、原告には前記認定のとおり、本件事故につき顕著な過失があるから、損害額の算定につき斟酌するのが相当であるところ、右逸失利益については過失相殺により減額し、約一五パーセントに当る一三七万円を損害として認めるのが相当である。

(二) 慰藉料  金三〇万円

さらに、慰藉料額について考えるのに、前記認定の事故の態様その他諸般の事情を考慮して、三〇万円をもつて相当と認める。

(三) 相続  原告が亡邦雄の母であり、その唯一の相続人であることは〈証拠〉によつて明らかであるから、原告が右(一)、(二)の合計金一六七万円を相続したものである。

2  原告の損害

(一) 葬儀費用  金一万五、〇〇〇円

原告が邦雄の死亡により葬儀費用として一〇万円を下らない支出をしたことは〈証拠〉によつて認められるが、前記同様の比率により過失相殺をすると、金一万五、〇〇〇円の限度で損害と認めるのが相当である。

(二) 原告固有の慰藉料  金四〇万円

亡邦雄が本件事故によつて死亡し、多大の精神的苦痛を蒙つたであろうことは〈証拠〉によつて十分看取されるが、本件事故の態様その他諸般の事情を綜合して勘案すると、慰藉料は四〇万円をもつて相当と認める。

(三) 弁護士費用  金三〇万円

原告が昭和四八年四月二三日本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、法律扶助協会熊本支部から金六万五、〇〇〇円の立替払をうけていること、謝金として取れ高の一五パーセント以内を支払う旨約していることが〈証拠〉によつて認められるので、本件事案の難易、前記1、2の各(一)、(二)の認容額(合計二〇八万五、〇〇〇円)等本訴に現われた一切の事情を考慮し、損害と認める弁護士費用を三〇万円とするのが相当である。

五よつて、被告国は原告に対し、金二三八万五、〇〇〇円およびうち前記弁護士費用を控除した金二〇八万五、〇〇〇円に対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるといわねばならない。

第二原告の被告肥本、被告会社に対する請求について

一原告主張の請求原因1項の事実(事故の発生)については、邦雄運転の単車と被告肥本運転の被告車が併進中接触したとの点を除き、当事者間に争いがなく、また、被告肥本が被告車を保有し、自己のため運行の用に供していたことも当事者間に争いがない。

二してみれば、被告肥本は本件事故の発生につき、自賠法第三条但書の免責事由がない限り、責任を免れないというべきである。

三よつて、被告肥本の免責の抗弁につき判断する。

邦雄がその運転する単車を被告肥本運転の被告車に接触させて転倒し、その結果死亡したのは、さきに認定したとおり、邦雄が事故現場において非舗装の路肩部分を時速六〇キロメートル位の相当速いスピードで疾走し、前記段差に打ち当つて、ハンドル操作の自由を失つて逸走し、前方8.80メートルの歩道の縁石に激突させたうえ、折柄右前方約3.30メートル付近の前記国道上り車線を時速四〇キロメートルで走行中の被告車の左後輪に向つて衝突させたためであるところ、〈証拠〉によれば、同被告は邦雄が被告車に衝突する以前、邦雄の単車が被告車に向つて逸走してくるとは全く予期できなかつたこと、および同被告の右衝突前後の運転に別段非難すべき点がなかつたことが認められる(前記認定のような交通頻繁な国道三号線上で、自車の後車輪に向つて単車が逸走してくるのを予見し、これに対処すべきことまで要求することは難きを強いるものといわねばならない。)。したがつて、本件事故の発生につき、被告肥本には運転上の過失はなかつたというべきであり、また、前記のとおり本件事故は被告国の道路管理の瑕疵および邦雄の過失によつて生じたものであり、かつ本件事故が被告車の構造上の欠陥または機能障害によつて生じたものでないことも、前記認定によつて明らかであるから、被告肥本は自賠法三条但書所定の免責の適用をうけるものというべきである。

四そうだとすれば、被告肥本の自賠法上の賠償義務は発生せず、またこれを前提とする被告会社の保険金支払義務も発生するいわれがないというべきである。

第三結論

以上のとおりであるから、原告の被告らに対する本訴請求は、原告が被告国に対し、金二三八万五、〇〇〇円および内金二〇八万五、〇〇〇円に対する昭和四八年一〇月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を求める限度において正当であるが、その余の請求部分ならびに原告の被告肥本および被告会社に対する請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言およびその免脱につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。 (糟谷忠男)

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